2010年11月19日

漢字は日本語である (新潮新書/小駒勝美/著)

漢字は日本語である (新潮新書/小駒勝美/著)





 この本は、脳科学者「養老孟司」さんの各種の著述と一緒に読まないと、誤解されるというか、誤読されるおそれがある本です。

 日本の漢字と、台湾・中国・ベトナム・朝鮮の漢字は、全く別の文字であるからです。その差は、ギリシャ文字と、英語のアルファベットの差よりおおきいのです。それを詳しく述べているのが、脳科学者の「養老孟司」さんなのです。養老孟司さんは言いました。一つの文字(漢字)には、一つの音しかないのが、(日本以外の)世界中の漢字文化圏の原則なのです。

 しかし、日本には、音読みと、訓読みの2つの読み方があり、さらに呉音と漢音があり、当て字があって、略字や筆記体があり、名前にだけ使える「名乗り」という読み方もあります。三浦知良(かずよし)という名前がありますが、「知」という文字は、訓読みでも「かず」とは読みません。訓読みではないのです。名乗りで「かず」と読むのです。つまり、音読み・訓読み以外の読み方である名乗りの読み方なんですね。

 「寿司」という文字は、当て字とよばれる読み方です。「すし」を漢字で書く場合、正解は、鮨・鮓の2つしかありません。「お腹」も当て字です。本当は「御中(おなか)」が正解になります。けっして「おんちゅう」ではありません。このように文字に、いくつもの読み方があるのは、日本だけの現象で、他のアジア諸国では、1つの文字に1つの読み方しかありません。これは、英語でもロシア語でもアラビア語でも一緒です。しかし、日本語は、1つの文字に多くの読み方があるのです。この文化が、日本に強力な「マンガ・アニメ文化」をつくり、「携帯小説
 ・ライトノベル」を量産する背景となり、インターネットで顔文字が氾濫する原因となっています。

 ところが、この漫画やアニメ・携帯小説・ライトノベルをバカにする風潮があります。しかし、それは見当違いであることが、現在では脳科学者によって証明されています。漫画は、人々をバカにするどころか、人間の知能を飛躍的に高めるということが、脳科学の立場から言われ始めているのです。その代表格が『バカの壁』で有名な養老孟司さんです。



 養老孟司さんによると、マンガを読むときは複雑な脳の活動を要求されるらしい。マンガの絵には、いろんな意味があり、吹き出しの中の文字には漢字があり、そこにルビがふってあり、別の意味をあらわすこともある。さらにコマ割に意味があり、背景にも意味があったりする。それらが脳に複雑な要求を行うのです。

 私は、子供の頃、マンガ好きだったのですが、10年くらい読まなかった時期がありました。そして10年ぶりにマンガを読もうとしたら異様に疲れた覚えがあります。本の文字を読むより疲れた。マンガは慣れないと読みにくいのです。つまり脳を複雑に使うために、簡単には読めないのです。だから、余計にマンガを理解できない人たちも多いのですね。

 ところで、どうして脳科学者たちが、マンガに注目したかと言いますと、こういうことです。交通事故か何かで脳に障がいをうけ、漢字を読めなくなるひとがでてくるとします。ところが、カタカナは読めたりするのです。その逆もあったりする。ところが、こういう例は海外には無いのですね。日本だけの現象なのです。

 アメリカ人も、中国人も、インド人も、文字が読めなくなったら全部の文字が読めなくなる。日本人みたいに漢字だけ読めて、カタカナは読めないと言うケースは無いのです。読めないときには、全て読めなくなるのです。ところが日本人だけは例外なのです。日本人みたいに漢字だけ読めて、カタカナは読めないと言うケースもでてくる。

 この原因を脳科学者たちが究明すると、カナを読む脳と、漢字を読む脳は、別の場所であることがわかりました。表音文字のカナを読む脳の部分は「角回」という場所であり、漢字を読む場所は「左側頭葉後下部」だったのです。だから、「角回」だけが故障しても日本人は漢字だけは読める。新聞でも漢字だけ追えば、大体の意味は分かる。逆の場合もある。しかし、西洋のように表音文字を使っている場合は失読症になるのです。

 ということは、日本人が読書する場合は、脳の「角回」と「左側頭葉後下部」を使っているわけであり、日本人以外は「角回」だけを使っていることになる。そのために読書のスピード違ってくる。日本語の本は、英語の本の4倍の速度で読めてしまうのです。この事実は、言語学者の間で大昔から知られた事でした。翻訳する人たちの大半が、日本語を英訳する方が、その逆よりも早いと言っています。読む速度が違ってくるからです。

 じゃあ中国人は?

 中国人は、欧米人と一緒です。脳の「角回」しか使ってない。
 だから中国人も本を読む速度が遅いんです。
 日本と同じ漢字を使っていながら脳の「角回」しか使ってない。

 どうしてか?

 dogはドッグで別な読みはありません。
 catもキャットであって、catをドックとは言いません。
 1対1が原則なのです。
 これは、カタカナやヒラガナと一緒ですね。
 しかし、漢字はそうではありません。
 例として「重」という漢字をあげてみましょう。

 中国語としての「重」には音声は1つしかない。
 これは英語と一緒ですね。
 脳の「角回」しか使ってない。

 しかし、日本語では「じゅう」「ちょう」「おも」「かさ」「え」という多くの読みがあります。つまり脳の「角回」では読めない。で、左側頭葉後下部(つまり言語中枢)を使わざるをえないのです。つまり、中国で使われている漢字と、日本の漢字は、まるで違う言語であるということなんですね。それを『漢字は日本語である (新潮新書/小駒勝美/著)』の小駒勝美さんは、漢字学者の立場から言っているのですが、それがAmazonのレビューを書いている人に、きちんと伝わってない。

 実に「惜しい」と言わざるをえない。もっとも、この本は、学術書というより漢字研究者による「雑学本」であり「豆知識本」なので、突っこんだ話しは、わざと避けているので仕方ないのですが、それにしても惜しい。

 ただ、「雑学本・豆知識本」としての本書は、最高レベルの本であり、読むうちに漢字の魅力にとりつかれてしまいます。

 たとえば、漢和辞典の致命的な欠陥について述べています。

 漢和辞典は、漢文を読むための辞典だったのです。ところが、現代の日本人が接する漢字は、あくまで日本語に使われる漢字なのです。したがって、漢和辞典で日本語に使われる漢字を調べるのは、どうしても無理があります。漢和辞典には、日本語で使用される熟語がきちんと収録されてはいません。漢字一字一字の意味も、日本語では、中国の古典に使われるのとはかなり変化しています。しかし漢字は日本語でもあるのです。「秋桜(コスモス)」や「秋刀魚(さんま)」は、漢和辞典には載っていないのですね。

 また、同じ意味でも全く違う漢字を使うのが日本人の面白いところです。


 例えば「お椀」について。
 木製なら「椀」
 陶製なら「碗」
 鉄製だと「鋺」

 「あいづち」は、「相槌」でも「相鎚」でも正解。
 最初は、相槌だったのでしょうが、
 金槌の登場で相鎚でも間違いでなくなってしまった。


 玉と王が同じ意味であること。


 竜と龍も同じ意味。
 竜は新字。
 龍は旧字。
 よーするに国と國の違いと一緒。


 隣と鄰は、もともと同じ文字。形が違うだけ。
 峰と峯は、もともと同じ文字。形が違うだけ。
 裏と裡は、もともと同じ文字。形が違うだけ。
 娘と嬢は、もともと同じ文字。形が違うだけ。


 これが極端になると、渡辺。渡辺には56種類の異体があります。


 准看護婦の「准」という文字は、「準」の俗字。
 つまり同じ文字なのですが、
 どうして、この文字が常用漢字に入っているかというと、
「日本国憲法」に使われているからです。

 終戦直後に大急ぎで日本国憲法をマッカーサーから作らされたときに、慌ててGHQの原案を翻訳したときに、ついうっかり「条約を批准」というところに俗字を使ってしまった。うっかりしたんですね。しかし、憲法は、改正できないので、准という文字を常用漢字にしてしまい、准と準の2つの文字が出来てしまった。


 しかし、斉藤と斎藤は全く別の文字。
 斉藤は、「ひとしい」の意味。一斉という使い方をします。
 斎藤は、「身を清める」の意味。書斎・斎宮という使い方をします。
 つまり全く別の漢字なんですね。
posted by ss at 01:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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